チューバ

ここで一つ、大事なことを書いておきます。
前述の吹奏楽祭、2曲を演奏したわけですが、僕はバリサクではなく、チューバを吹きました。
せっかくバリサクに配属替えしたというのに、なぜチューバを吹いていたのでしょうか。

理由は簡単です。新入部員をチューバに充てなかったんですから。
もちろん一度はやってもらおうとしたのですが、やっぱり大事な新入部員ということで、彼らの希望をできるだけ優先しようとした結果です。
その時は、一応バリサクがいるし、トロンボーンに経験者が入って中低音が安定したのもあったからでしょうか、M先生もあまりこだわっていらっしゃらなかったような記憶があります。

で、先生がこだわらなかった理由・・・。
それは僕が、勝手にチューバも練習するようになっていたのです。
やっぱりチューバがいるといないとでは、音のふくらみ、厚み、深みなどが全然違いますよね。
僕も知らず知らずのうちに、それを感じてしまっていたのか、いつの頃からかバリサクとチューバ、両方同じように練習するようになってしまいました。サックスを吹いてる影響か、もしくはマウスピースに慣れたのか、唇の痛みも感じなくなってきてましたし。
これをずっと黙認していたM先生は、内心「しめしめ」と思っていたのかも知れませんね(疑)。
吹奏楽祭の練習時も、最初は確かにバリサクを吹いていたはずなのですが、いつの間にかチューバで合奏に参加していました。

ちなみに僕は先生と、ある重大な約束をしていたのです。
それは「チューバ吹きが誰かに決まったら、僕はバリサクからパーカッションへコンバート」というもの。
だから僕は、いくら吹けるようになったとしても「チューバをやります」と、自分から言うことはありませんでした。
これを昔からある日本語で表現すると、「往生際が悪い」というのでしょうかね。
まぁ周知の通り、この約束は最後まで実現しなかったんですけど(泣)。

早すぎた夏の終わり

やってきました夏休み! 夏と言えば、やっぱり高校野球ですね。
我が校は毎年「優勝候補」とか「強豪」とか呼ばれているのですが、実際に甲子園に行けたのは、もう何年も昔の話です。
ちなみに僕らが使っていた楽器は、前回の甲子園出場時に買ってもらったものだそうです。
それだから、「野球部甲子園出場=楽器が増える&新しくなる」との皮算用が成立し、いやでも力が入るってものですよ。
ちなみに前年も、プロ入りした投手がいたくらい強かったんですが、惜しくも準決勝で涙をのんだのは記憶に新しいところです。

さて、最近でこそ野球部、応援団、生徒会、そして吹奏楽部が一丸となって応援するシステムが出来上がっていますが、当時はかろうじて生徒会と連携できるくらいでした。
なかなか出ない応援団の指示をひたすら待ったり、野球部のガラの悪い応援(というよりヤジ)に居心地を悪くすることも、しばしばでしたね。

この年も例年通りシード校だったかは、ハッキリ覚えていないのですが、1回戦(?)はコールド勝ちだったと記憶しています。
しかし、2回戦(?)に悪夢は訪れました。
誰も負けるとは思っていなかった、まさかまさかの敗戦です。
翌日の新聞にデカデカと載った見出しを今でも鮮明に覚えています。
「強豪理大付敗れる」
あぁ~っ、今思い出しただけでも腹が立つ!(苦笑)
あとには、ぽっかりと空いたスケジュール表だけが残されたのでした。

蒜山合宿

岡山県北部、鳥取県との県境に位置する、自然豊かで空気も美味しい蒜山高原。
ここに大学関連施設である蒜山研究所があります。
夏休みにそこで合宿をしよう、という企画が1学期の終わり頃に突如持ち上がり、あれよあれよという間に実施することになりました。
じつは僕よりも、周りの部員たちが妙に張り切って準備をすすめたので、あまりこの段階での記憶がありません。
ひとつ覚えているのは、高校野球が終わって合宿までのお休み中、先生から打ち合わせのための呼び出しが「電報」で自宅へ来たことですね(涙)。

2学期の体育祭、文化祭へ向けての合宿だったのですが、現在の「コンクール合宿」のように明確な目的意識があったわけではなく、どちらかというとレクリエーションとしてのお泊まり会になってしまいました。
部員同士の親睦を深める意味では有意義な企画でしたし、いい気分転換にもなりましたね。
ただ、せっかく合宿をするのなら、もっと練習に明け暮れるって感じのほうが良かったな、とも思いました。
「もし来年もやるなら、もう少し考えないといけないな。」と、ちょっと反省です。
残念ながら、翌年は諸事情により実施できず、この反省は反映できませんでしたけど。

さぁこれで夏休みも終わりです。2学期が始まってしまいますよ!